97年、ミニブームが起こり、有名ショップがこぞってハイパワーのデモカーを走らせる
ようになると、とても勝ち目が無い状況になってきた。
限界までエンジンを回してもストレートでは歯が立たず、あげくの果てはエンジントラブルで
リタイヤの連続だった。
そこで急遽、シーズン途中からジムカーナに切り換えた。
しかし、こちらもレベルが高く、とても勝てる状態ではなかった。
結局は、ジムカーナ専用にエンジンとミッションの作り変えを決めた。
当初、それ程お金がかからないと思って始めたミニだが、結局相当なお金をつぎ込んで
しまった。
ミニは前輪出力で100PS以上、ツインカムヘッドにクロスミッションとLSD、ついでに
ファイナルも変更して、最高速130キロ以下のジムカーナスペシャルに生まれ変わった。
そして97年シリーズでは、そこそこ戦歴を残せるようになった。
しかし98年秋、またしてもシリンダーからのオイル漏れと、冷却水にオイルが混じる
トラブルが発生!
この時点で、ミニでの競技参加に疲れ果て、情熱も冷めてしまった。
結果ミニを手放すことに決めた。
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今は閉鎖されてしまった富士高原サーキット
当時は競技参加のため全国に遠征していた。
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6点式ロールバーに内装なし、
IMSAバケットシートを装着
ワンシーターで町乗りもしていた。
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エンジンは、ジャックナイトツインカム
前輪出力100PS以上!
4速スーパークロス ドグミッションにAPの
LSDを組み合せていた。
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ショックはAVOアルミケース、KAD4POT
キャリパーにブレンボ10インチディスクで、
素晴らしい制動力を発揮した。
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ジャックナイトツインカムヘッドのバルブ廻り
ギリギリまで追い詰められたバルブ径と
ポート研磨によって、OHVベースでありながら
7500rpmも回った。
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エンジンは壊れる度に、何度も組み直したが、
きりが無くなり、疲れてしまった。
エンジンオイルの大切さやキャブ調整、エンジンが壊れる兆候等、かなりのノウハウを身体で
覚えることができた。
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